第三十三話 悔恨のエスケープルート

outdoors report 2005.5.21より

甘かった! 未知の渓へいざ分け入ると云うに
車中に地図を置き忘れるなんて こんなチョンボ
はなからペナルティは 用意されて居たのかも
知れない?
しかしなんと人気の薄い場所だ 如何に人里から
離れた奥地と云え 踏み跡のひとつさえ見当たら
ないでは無いか  日々の生業からは見落とされ
ひっそり隠れた佇まい 足下を澱むトロ場の様に
此処だけ時の流れは 停滞してるような錯覚を
覚えた。
極端に澄き通る流水は 淵底の石ひとつ々さえ
見通せ 大小の岩が組み合わさる 申し分なき
造形美の渓相は 我々の野心を更に擽り手招き
誘いかけるが しかし魚は一向に走らない??

 対岸ピークは1900mばかり
側壁は益々狭まり渓は 暗黒空間にでも落ちて行くようだ? outdoors report 2005.8.21 待ち受けたものでの
迷走劇では その判断でふたつばかりのミスを犯して居ました 其れは如何に深山であろうと 尾根筋周りには
何らかの痕跡が残り 目標と成るケースが多く あくまで其処を目指す判断を怠った事 そしてルート選択の過ちに
気付き 一旦渓へ降り下降点へと戻る労苦を惜しみ 無理な突破を続けた場面 何れもパーティの命運を預かる
者として 有っては成らぬ軽率さに 後悔しきり正に冷や汗ものの体験でした。
山人として予備知識技量等とは別に 自然界相手の行動は 五感を研ぎ澄まし刻々変化を遂げるステージの
見極めと対応が求められます 自ら山野の一部と化し 大地の蠢き大気の咆哮 草木の囁きかけ あらゆるものに
聞き耳を立て臆病な位に敏感となる  身近の山人が言った ”山勘を極める” こんな言葉があります 抽象的な
表現ではありますが その裏付けには多くの積み重ねが必要と成ります 勿論答はひとつでは無いのでしょう?
どんな事柄にも例外はつき物ですし しかし多くの出会いは方程式枠内での出来事と成る事でしょう 窮地に陥る
遭難者の大半が辿る脱出ルート 此れは最終的に沢筋が一番多い様で 早く人間社会へ戻りたいとの願望不安が
どんどん増殖し その一念が遭難者を低み々へと導き 何時か大滝の頭へと出会い疲労絶望に極まると 気力を
失っては身動き取れなく成る そんなケースが多いと聞きます
高みを目指す時より 下降を決めた時 其処で
何倍ものリスクが生じる事は常識で そんな不安
心理へ打ち勝つべく 気力の持続により 人の
命運は左右されるのでしょう 人間多くの場合
其の心は 儚い程脆いものなのです 今貴方が
迷ったと気付いた其の時から 目指す先が 上か
下なのか? そんな時尾根へと向うルートを捜す
無難な判断かもしれません 前述しましたが・・
人の往来が比較的多く 鉈目等の痕跡が目に
付き易く 何よりも周囲が見渡せ 現在地の確認
ルートファインディングを容易にします 叉此処から
枝葉の様に広がる”ヨコテ”等 山人の作業路も
行動を救って呉れる事でしょう 追い詰められる
山の住人日本鹿が 最終逃走ルートに良く尾根
へと求めるのは偶然ではなく 山抜けの良さを
雄弁に語り表して居ます。

この裏から越えて
現在地を見失った時等 利用するものに獣道が有ります 良く踏み込まれ一見して山人が残したものと 間違い
易いのですが 鉈目枝払い痕も無く 藪地帯では胸辺りに密集し歩き難い事から判別は容易です 獣道は山から
山への渡り 一定の足場確保で 許される最短距離でのルート提供をしてくれます しかし注意して置かなければ
いけない事 奴らは人間社会へと向かい求めて居る訳では無いと云う事実 二足歩行の人間に比べ 四輪駆動
オフロードタイプの生き物とを夢々忘れては成りません 慎重な見極め行方の予測を怠れば 岩場のとんでも無い
場所へと導かれる事請け合いで 特に日本カモシカのそれは 利用も限定的に留めなければなら無いでしょう。

人間持てる能力は実に弱々しいもので 自然界の営みに比べ何と非力で脆弱なものか その事実を受け入れる
事が出来た時 其処に有る悠久の時間漂う木の葉の様に 枠組みのひとつそう一員を名乗れるのかも知れない。

                                                               oozeki